浪速の味 江戸の味(七月) 泥鰌鍋(江戸)
掘が走る深川に生まれ川が流れる葛飾で育った私にとって、泥鰌は幼い頃から近しい魚でした。日常的に食べるほどではありませんでしたが、「うなぎ・どぜう・こい」という看板を出している卸屋さんが近所にあり、お酒好きの客がある日など母から「泥鰌買ってきて」と小銭を持たされ店に走りました。母は割いて柳川にしていました。
日本全国の低湿地でたやすく獲れた泥鰌は、各地で食用として重宝されていました。特に、水田や湿地が多かった東京の北東部ではよく食べられ、浅草などには現在も数軒の「泥鰌鍋」専門店があります。
薄い鉄の小鍋で供される「泥鰌鍋」には、泥鰌をそのまま使う「マル」と割いて頭と骨を抜いた「骨抜き」があります。割下で煮た泥鰌に刻みネギをたっぷりと乗せ、ネギがくたっとしてきたら山椒や七味をかけていただきます。「骨抜き」は食べやすく、いっぽう頭も骨もある「マル」は歯ごたえがあって泥鰌を食べたという実感がより味わえます。
鰻に比べずっと小さな泥鰌ですが「泥鰌一匹は鰻一匹」と言われたほど栄養価が高く、安価で精のつく泥鰌は東京に移り住んだ労働者が多い下町では、故郷の味と江戸の食文化が融合したご馳走として愛されたのでしょう。暑い夏を乗り切る知恵としての「泥鰌鍋」、三社祭が済んだ六月から八月には卵を抱いた泥鰌が出回り、より美味しくいただけます。
今宵また川越えて来て泥鰌鍋 光枝